心の相談通信

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[2012.4-Vol.30] 心のミニ講座(8)『瞬間』について

こんにちは。寒さも和らぎ、日も長くなってきました。もうすぐ新年度も始まりますね。 
春は新しいことがたくさん始まる季節です。何かが始まるときには決めなければいけない事が色々出てきますが、皆さんは選択に迷ったときどうしていますか?小さな事なら直感で、大切な事は人に相談して決めるというのが普通でしょうか。 
昔から人は不安を感じたときに占いによって取るべき行動を決めてきました。今でも、生後1週間目にその子供の人生を占い、年表を作ってできるだけその通りに生きる国もあるそうです。現在、私たちの周りには占いが氾濫しています。朝のTVから始まり、携帯アプリに雑誌にカフェにと。では、日本人は占いを信じるかというと、ある新聞の調査結果によると、信じる人が32%、信じない人が68%でした。
信じるという人の理由のベスト3は、
1.モチベーションがあがる 2.迷ったときの参考になる 3.面白い だそうです。
占いは『疑似科学』です。根拠はありますが、それが正しいかどうかは誰にもわかりません。でも、結果を楽しめるなら、たまには占いでその日の行動を決めてみるのもいいかもしれません。

心のミニ講座(8)『瞬間』について

WEBSCの菊池です。今回は『瞬間』について記述したいと思います。このテーマに関しては描く題材が他にも複数ありますので、とりあえずその一部をみなさまにご紹介したいと思います。

『至高経験』と『瞬間』

心理学的に『瞬間』について詳細に検討した心理学者としては、欲求階層説で著名なマスローが挙げられます。彼は人生のうちで最も感動を覚えた瞬間について、80名ばかりの人々との個人面接、190名にのぼる大学生に実施したアンケート調査、そして50名の個人報告をもとに記述を求め、その一般的特性について分析を行いました。そしてそこに見出された愛他的な愛情の経験、神秘的経験、大洋的経験、自然的経験、美的認知、そして創造的瞬間などの最高度に充実した瞬間を彼は『至高経験』と命名しました。

私自身は学生時代のそのような体験のひとつを挙げるとすれば、部活動での試合中の経験を記述すると思います。それは日々の練習を自分なりにベストをつくし、二週間前から調整をしたうえで臨んだ試合でまれに体験する感覚で、目標(将来)へ向けて取り組むうちに次第に目指す結果は後からついてくると思えるような、あるいはあたかも既にそれは在ると表現できるような感覚がありました。

そしていざ試合がはじまると、その前後の間隔は意識の背景に退き、今この瞬間にすべてがあると感じるほどに集中力の高まりがありました。そのような循環と瞬間のただ中に身を置くときは周囲の世界(競技場内の芝生など)は原色が揺らめくように鮮やかで、そしてあたたかい光に自分が包まれているような感覚がありました。学生時代、あれから月日が流れてもそれでもなお色褪せず心にとどまり続けているその感覚は、おそらく『至高経験』と呼んでもよいのかもしれません。 

マスローは『至高経験』の残効として世界観やその一面の(部分的な)変化について記述しています。確かに私とってそれを経験するまでは、単純に世界は古く誤ったものから新しく正しいものへとただ累積的に進歩していくというような考えがありました。当然ながらそれも現実の一部なのでしょう。

しかしながら例えば科学哲学界の巨匠であるクーンが、アインシュタインの相対性理論がある点ではニュートンよりもアリストテレスの理論に類似していると指摘しているように、時代の流れや(無)意識の現れが必ずしも直線的でないとしたら、考えられうる究極的な到達点とはいったいどのようなものだろうかという問いが私の心に思い浮かんできます。

『フロー体験』と『瞬間』

1998年NBAファイナル(決勝戦・対ユタ・ジャズ戦)で2度目の3連覇がかかった試合前に、以前コラムでご紹介したバスケットボールプレーヤーのマイケル・ジョーダンは集まった記者達を前に次のように発言しています。

『あまり苛立ったりせず、ただ微笑んで、その笑みを絶やさずにいたい。自分の悩みや苛立ちを深く掘り下げて、まったく別の方向に転換させる。すると素晴らしいチャンスがめぐってくるような気がして、自信もわいてくる。そして自分にこう言い聞かせる。「ほら、この一瞬(moment)を楽しむんだ。二度と戻ってこない瞬間なんだから」。』

決勝戦第6戦、残り時間45秒をすでに切り3点ビハインドの状態で、ジョーダンは相手ディフェンス3人をかいくぐりゴールを決めます。さらに相手チームに攻撃がシフトした際、ボールが自陣内にいた相手の主力選手にパスで回ったところを背後からスティールしてボールを奪い、コート上をドリブルで駆け抜け、そして試合残り時間わずかのところで劇的な逆転シュートを決めて2度の3連覇という偉業の達成に華を添えました。

その伝説といわれる逆転シュートを決めるまでの約11秒間の心境について、彼はとても興味深いコメントを残しています。それは彼の人生哲学ともいえる『この瞬間を精一杯生きる(I truly live in the moment)』という強い信念に基づいており、またそれと禅思想との関連についても様々な場で言及しています。

ジョーダンは次のように述べています。
『その一瞬がスタートして、やがて僕の一瞬となる。・・・その一瞬に入ったときは自分があの境地に達したとわかる。すべてがゆっくりと進み、やがてコートがすごく鮮明に見えてくる。ディフェンスの次の動きが読めてくる。そのときわかるんだ、あの一瞬がきたのだと。(I saw that moment)』

『私はボールをスティールし、時間を確認すると、ゴールへ向かってコートを突進した。その間、私はすべての選手の姿が目に入ったし、ひとりひとりがどのポジションにいたか、正確に記憶している。・・・私のギアはトップに入っていた。・・・1997年のユタとのNBAファイナル第1戦で決勝のシュートを決めた時(前年の決勝戦も同チームを相手にジョーダンは試合終了と同時に劇的なブザー・ビートを決めて勝利した)は、左から打った。バイロン・ラッセル(ジョーダンをマークする相手選手)が左側にバランスを崩したからだった。だがこの試合では、コートの左側からドリブルを始めて右へと切り込んでいった。ただし、クロスオーバーを仕掛けると一度ボールを戻さなければならなくなるため、それは避けたかった。・・・シュートを狙うときには本能的にこれらの選択肢をおさらいするものなんだ。・・・自分でスティールしたボールなのだから、勝負の決定権は私に委ねられたのだと思っていた。たとえ相手の5選手が全員でマークについたとしても、自分でシュートを打っていただろう。・・・』

心理学者チクセントミハイは喜び、楽しみ、創造、そして生活のなかでの深い没入や注意集中の過程などを『フロー体験』と呼び、アスリート、ロッククライマー、ダンサー、作曲家、大学教授、事務職員など様々な分野による数千人の回答者から資料を集めその分析を行いました。その概念は被験者の「流れている(floating)ような感じだった」「私は流れ(flow)に運ばれたのです」という調査面接で用いられた言葉に基づいています。またその体験はより強い自信のある『自己』を発達させると理論上考えられています。

『フロー体験』とその構成要素

『フロー体験』にはそれが特に『楽しさ』と結びつく場合、次の主要な構成要素があると考えられています。

①通常その経験は、達成できる見通しのある課題と取り組んでいる時に生じる。
②自分のしていることに集中できていなければならない。
③行われている作業に明瞭な目標と直接的なフィードバックがある。
(例えばテニスのプレーヤーはボールを相手のコートに打ちこまなければならないということを常に知り、そしてボールを打つごとにそれがうまくいったかが確認できます。同様にチェスのプレーヤーは相手より先に王手詰めをするという目標とそれにどこまで近づいているかという見積もりが可能です。)
④意識から日々の生活の気苦労や欲求不満を取り除く、深いけれども無理のない没入状態で行為している。
⑤自分の行為を統制しているという感覚を伴う。
(あるダンサーは次のように報告しています。『大きなくつろぎと静けさが私を包みます。失敗することなど考えません。それはなんとも力強く暖かい感じなのです。』すなわち結果が不確定であるときにその結果を左右できるという統制の可能性に関わります。)
⑥自己についての意識は消失するが、これに反してフロー体験の後では自己感覚はより強く現れる。
⑦時間の経過の感覚が変わる。
(これには数時間が数分間に感じられる場合と一秒にも満たない時間が数分間に引き延ばされて感じる場合の二種類の変化が報告されています。)

前述のジョーダンが体感した『瞬間』をフロー理論の視点から考えた場合、③⑤⑦の構成要素が(記述上は)特に該当していることが理解できます。またその三者は完全に分けきれるものではなく、相互に連関しているものと考えられます。

私にとって興味深いのは、前述のジョーダンの『瞬間』の回想にも記述されている、彼が前年(1997年)の決勝戦で試合終了と同時に劇的なブザービートで勝利を決めた出来事に関する後のインタビューで、決勝戦での最重要局面におけるシュートを打つ際の心境をふり返り『1982年にまでさかのぼり、これまでに成功したシュートの記憶を引き出し・・・あとは試合の流れに任せる。』と応答していることです。

仮に前述の『瞬間』のただ中でのプレイにおいても、彼の視座の中核に学生時代の1982年の記憶(最終結果)が予めフィードバックされていたのなら、これまでの伝説といわれるほどの劇的なシュートの数々は、ある不変の『イメージ』によって導かれていたのではないかと私は推察しています。

To see a World in a Grain of Sand
And a Heaven in a Wild Flower,
Hold Infinity in the palm of your hand
And Eternity in an hour.
WILLIAM BLAKE

We are such stuff
As dreams are made on, and our little life 
Is rounded with a sleep.
WILLIAM SHAKESPEARE

 

《参考文献》
1. Blake,W.(1807). Auguries of Innocence. WILLIAM BLAKE Selected Poems. PENGUIN BOOKS.
2. Csikszentmihalyi,M.(1990).FROW.Harper Perennial Modern Classics./今村浩明訳(1996).『フロー体験 喜びの現象学』世界思想社.
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4. Freud,S.(1916-1917).Introductory lecture on Psychoanalysis.S.E,15-16./懸田克躬・高橋義孝訳(1971).『精神分析入門』フロイト著作集第1巻 人文書院.
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7. Heidegger,M.(1927).ZEIN UND ZAIT./原祐ほか訳(1980).『存在と時間』世界の名著 中央公論社.
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11. Jordan,M.(1998).FOR THE LOVE OF THE GAME .Viking Australia./桑田健訳(1998).『すべてはゲームのために』ソニー・マガジンズ.
12. Kohut,H.(1977).The Restoration of the Self . University of Chicago Press ./ 本城秀次・笠原嘉監訳(1995).『自己の修復』みすず書房.
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上田吉一訳(1998).『完全なる人間 魂のめざすもの』誠信書房.
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18. Modell,A.(1990).Other Times Other Reality. Harvard University Press.
19. NBA Entertainment.(2000).『MICHAEL JORDAN TO THE MAX』トランスフォーマー(DVD).
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21. Okasha,S.(2002).Philosophy of Science.Oxford University Press. /廣瀬覚訳(2008).『科学哲学』岩波書店.
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23. スポーツ・グラフィック『Number』1997年7月17日号 文藝春秋.
24. 鈴木大拙 著・工藤澄子 訳(1987).『禅』ちくま文庫.
25. Shunryu,S.(1973).ZEN MIND,BEGINNER`S MIND./松永太郎訳(2010).『禅マインドビギナーズ・マインド』サンガ.
26. 谷徹(1998).『意識の自然 現象学の可能性を拓く』勁草書房.

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