心の相談通信

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[2011.12-Vol.29] 心のミニ講座(7)『トラウマ』について

朝夕の冷え込みが厳しくなりすっかり冬になりましたね。冬は贈り物絡みのイベントが多い季節です。みなさんもプレゼントを贈る時、もらう時いろいろ感じることがあると思います。
プレゼントを選ぶ時、問題の1つが「予算」。相手に喜んでもらおうと奮発しがちですが、もらった方は同じ物でも相手によって「嬉しい」と感じる時と「困った」と感じる時があります。これは「好意の返報性」という法則の特徴で「もらった好意と返す好意はなるべく同量に」という気持ちが伴うので、同量の好意を返す自信がない相手から高い物をもらうと「困った」と感じてしまいます。また、受け取り手の満足度は期待値とその「物」への希望度の差で決まると言われています。ですから「サプライズ」は相手の心を掴むのにとても効果的なのです。
相手と自分の関係性に気を配ることができること。贈り手の趣味や好意の押し付けにならないこと。相手のことを考えて、「ちょうどいい」プレゼントを選びたいものです。
もちろん贈られる方も相手がそのプレゼントを探して(作って)くれた「気持ち」を思い「物」と同時に受け取ることが大切ですね。

心のミニ講座(7)『トラウマ』について

WEBSCの菊池です。今回は『トラウマ』についてご紹介したいと思います。『トラウマ』という言葉を聴くと“~がトラウマになった”“~の体験はトラウマになる”など、どこか日常会話の中にもいつの間にかその言葉が混入しているような印象を私は感じています。 

日本においては特に阪神・淡路での震災がきっかけとなり『トラウマ』と深く関連する『PTSD』という言葉が一般的に世間に知られるようになりました。

 

『トラウマ』の歴史的背景

世界的に見るとその歴史は1890年代半ばに精神分析家Freudによって『トラウマ』(心的外傷)と『ヒステリー』といわれる精神病理との関連を指摘した時点まで遡ることができます。Freudがその学説を発表した当時、ドイツの精神医学会からは十分な評価が得られませんでした。しかしながら第一次世界大戦中のドイツ・オーストリア軍において、8万人の兵士が戦闘場面による恐怖体験から“気を失う”“手足が麻痺する”“恐怖で泣き叫ぶ”などの異常な反応を示す『戦争神経症』を患い、その状態がFreudの指摘した『ヒステリー』の症状と非常に似ていたことから『トラウマ』と精神病理の関連を指摘したその学説は無視することのできないものとなりました。

また、ベトナム戦争での帰還兵を対象とした戦闘への暴露体験についての研究からその直接的影響がより明らかになり、1980年には『トラウマ』(心的外傷)に特徴的な症候群に対して『PTSD』(外傷後ストレス障害)という精神医学的診断名が確立されました。

その後もニューヨークで起きたテロの影響もあり、海外で開催されている精神分析の国際学会において『トラウマ』は現在も重要なテーマのひとつとして研究発表されています。

『PTSD』の主症状

ここまで『トラウマ』の歴史的背景について記述しましたが、特にそれが『PTSD』といわれる場合、どのような症状群を指しているのでしょうか。それは戦闘、テロ、性的被害、そして災害など非常に強いストレス状況を原因とする主に三つの症状により構成されます。

まず一つ目の主症状は『過覚醒』です。外傷体験後にも同じ危険がいつでも再現されるのではないかという感覚や、血圧の変化など生理学的な過覚醒状態が持続します。
また、些細なことで驚愕したり、覚醒度の高進から睡眠の質が下がり睡眠障害の原因になることがあります。

二つ目の主症状は『侵入』です。それは外傷体験から長時間が経過しても“フラッシュバック”や“悪夢”など、覚醒時と睡眠時の両者に外傷時の出来事が繰り返し再体験される現象です。また、仮にリスクがあっても外傷的な場面を半ば意識的に“再演”することで、すでに起きた危険な出来事(事実)を変えて取り消そうとする行動がみられることがあります。すなわち記憶、夢、そして行動のレベルで再体験が繰り返されます。

三つ目の主症状は『狭窄(constriction)』です。外傷的な危険から逃れられないと感じられる状況や完全な無力感から“麻痺”、“現実感喪失”、そして主動性を消失した“深い受身感”などが起こります。また外傷体験を思い出させる状況を極度に避けることもこれに含まれます。

『トラウマ』への関わり

『トラウマ』への関わりにはどのようなことが考えられるでしょうか。『トラウマ』には上述の主症状にみられるような心理・生理学的なレベルでの影響のみならず、生存者と周囲の人々そして地域社会との『信頼感』や『安心感』への基礎的な前提にも打撃をもたらすと考えられています。そのため生存者の方への支援には、まず生活の最も基盤となる『安全性』をできる限り確保することが求められます。 

『心的外傷と回復』の著者であるHermanは次のように述べています。 『外傷直後においては最低限の信頼を再建することが最優先課題である。安全と庇護を保障することがもっとも重要である。・・・完全な孤立を一度経験した生存者は、危険を前にすれば人間のつながりがすべていかに脆いかを強烈に意識している。二度と見捨てられることはないということをはっきりと口に出して保障することが必要である。』

これはHermanの著書における文章のほんの一部分に過ぎませんが、臨床経験上とても重要な記述であると私は感じています。しかしながらこのような『トラウマ』体験の生存者の方へ語りかける言葉が単に『マニュアル化』されたり、ある成果を物理的(画一的)に再生産するような『テクニック』としてのみ考えられてしまうのなら、その本質はとても薄れてしまうような印象を私は受けます。それは外傷を受けた方との取替えも置き換えもできない特異的な『関係』における特異的な『瞬間』においてこそ、本当に『意味』をなすのではないかと私は考えています。

《参考文献》
1.Herman,J.L.(1992).Trauma and recovery. New York:Basic Books./中井久夫訳(1999).『心的外傷と回復』みすず書房.
2.加藤寛・最相葉月(2011).『心のケア』講談社現代新書.
3.木田元(2001).『偶然性と運命』岩波新書.
4.小此木啓吾(2002).『フロイト思想のキーワード』講談社現代新書.
5.小此木啓吾・深津千賀子・大野裕 編(2004).『改訂 精神医学ハンドブック』創元社.
6.Stolorow,R.D.,Atwood,G.E.,&Orange,D.M.(1998).Working Intersubjectively.
Analytic Pr. /丸田俊彦訳(1999).『間主観的な治療の進め方』岩崎学術出版社.
7.富樫公一(2010).『精神分析のパラダイム・シフト』現代のエスプリ516 .ぎょうせい.

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